Stray Disonare〜冷徹なる幻想曲〜















慎重に扉を開け、中を覗きこむと、そこには地下へと進む通路が続いていた。


爆炎や銃弾でめちゃくちゃになった部屋を出て、先に進む。

通路の先だけでなく、後ろや周囲にも意識を飛ばす。

こう傾斜がある狭い通路で襲撃があれば、応戦するのはかなり難しい。


しかし、それもなく、シグは新たに目の前に現れた扉の前に立っていた。


「これで終わってくれるといいんだが……」

ぼやきつつ、シグは目の前の扉を蹴り飛ばした。





「ふむ、ずいぶんと乱暴な開けかただな」

今までの研究フロアと違い、綺麗な部屋だった。


絨毯は敷かれ、調度品なども各所に置かれている。

奥には豪華なデスクもあり、高級そうなソファーまで設置されていた。

さながら、前世紀での一流企業の社長室のような概観だ。


ソファーには、誰かが座っている。


「こっちは客じゃないんだ、無礼は承知ってな。ノックでもしてほしかったか?」

シグはニヤリとしつつ、視線を声の主に向けた。


「確かにそうだな。では、こちらもそれなりの対応をしよう」

それは若い男だった。

そして男と目が合った瞬間。


銃声が鳴り響いた。





「―――ぐ!?」

シグの銃から硝煙が立ち上る。


シグが放った二発の銃弾は、狂いもなくシグの左腿と左肩に命中していた。


シグは、膝をつくように崩れ落ちる。

煤や泥で汚れていたコートに、血の染みが広がり始める。


銃が暴発したわけでもない。

まして、シグが自ら銃弾を撃ち込もうとしたわけではない。

シグの意識の外で、しかし、それは確実にシグの手で実行された。


(これは―――)


「そうだ、《インプラティル・シグナル》だ。この部屋には、脳からの電気信号による指令を混乱させる電波を流してある。今さら気づいたところでどうにもできんよ」

ソファーに座るウォンが、勝ち誇ったように種明かしをした。


「キミがいくら動こうと思っても、その命令が体に伝わなければ意味がない。キミの負けだよ、もはや私はキミの体を自由に動かすことができる。さっきのようにね」

ウォンが語りかけるが、シグはインプラティル・シグナルの効果によってしゃべることもままならない。


「この部屋に足を踏み入れた時点で、キミの負けは決定していたんだよ。私の手にかかれば、賞金稼ぎなど……」


「ああ、そうかい」

その後ろからの声に反応する前に、再び銃声が部屋に響き渡った。





(後ろ!? いつの間に! バーチャルか? ……いや、違う! インプラティカル・シグナルでもない! センサーは正常だ!! まさか擬似物質理論の応用? ありえない!!)

ウォンはその一瞬で考えられるだけの知識をしぼり、その現象を推測した。


しかし、答えに行きつくことはできなかった。

人並み外れた彼だけでなく、誰が考えても答えを出すのは難しかっただろう。


一瞬前までインプラティカル・シグナルで体の自由を奪われ、肩と脚に銃弾を撃ち込まれていた人間がどうして今、自分の真後ろで銃を突きつけているというのだろうか。


完全に裏をかかれるどころか、理解の範疇を超えた方法を後ろにいる男はやってのけた。


振り向いてその姿さえ見る前に、自分の体に鉄が侵入し、脳組織を破壊して通り抜けていった。





「……たく、小賢しい手ばかり使いやがって」

ソファーに座っていたウォンの頭を後ろから撃ち抜いたシグは、立ち上る硝煙に顔をしかめつつ悪態をついた。


後頭部を撃ち抜かれたウォンは、床につっぷすように倒れている。

間違いなく即死だ。


「イテー、イテー……おい、イル! 遅いぞ、こうなる前になんとかできなかったのかよ!」

シグは傷口を押さえながら、無線でイルに悪態をつく。


『これでもがんばってるのに……』

それはシグ自身もわかってはいるが、痛いものは痛い。


なにかに当り散らさないと洒落にならないようだ。

ぶっちゃけ八つ当たりだが。


『……で、本物さんはまた奥みたいだね』

イルは手元のキーボードを操作すると、部屋の奥にあった隠し扉を開いてみせた。


「これで終わってくれるといいんだが……」

知らないうちに、シグはぼやいていた。


『それ、さっきも言ったね』

「あ、そうだっけか?」

『そうだよ、この部屋に突入する前……まあ、それはともかく、行けそう?』

イルはディスプレイに映る画面でシグの容態を調べつつ、シグに確認をとる。


「ん……まあ、この状態でそんなに無茶な動きをしたわけじゃないから大丈夫だろ」

シグは扉をくぐって歩き始める。


『普通に歩けそう?』

「見りゃわかるだろ」

イルの気遣いに、しっかりとした足取りで示す。


『おそらく、これで最後だろうね』

「これで終わるさ」

シグがさらりと言葉を返す。


『まだかもしれないよ? 根拠はあるの?』

「いや、ただの勘だ」

シグは微笑を浮かべ、扉の奥へと進んでいった。





そこは、またもや乱雑に物が並ぶ研究室のような部屋だった。


壁際は何かに使うのであろう機材で囲まれ、中央にはカプセルが設置されている。

カプセルには、いくつものコードや機械が複雑に接続されている。

カプセルは液体で満たされているようで、中では何かが漂っていた。


その漂っているものが、本物のウォンだった。


「よう、じいさん」

シグは警戒もせすにカプセルに歩み寄る。

そして、その中に漂う人間の脳に話しかけた。


『まさか、本当にここまで来るとはな』

部屋に設置されたスピーカーから声が流れ出す。


「だから言ったろ、あんたの目は狂ってたってな」

シグはニヤリと笑い、してやったりというような笑みを見せた。


『ああ、正直驚いている』

「……そんなに意外かよ」

相手が脳みそなので表情はまったくわからないが、その声色から驚いていることは感じ取れた。

驚きを隠せていないウォンの声に、シグは少し心外だった。


『……いつから気づいていた?』

「何に?」

『私が〈人を捨てしもの〉だということだ。でなければ、今キミが冷静にしていられるわけがない』

「度胸は結構あるほうなんだがな……」

『……答えてもらおう』

固くななウォンの態度に、シグはしかたないといった風に肩をすくめた。


「……正直なところ、最初から可能性のひとつとして考えてはいた」

『では、いつから確信を持った?』

「勘だ」

『……勘、だと?』

ウォンは、いきなり出てきたその言葉を理解できなかった。


「まあ、いろいろ考えたんだが……あんだけクローンやアンドロイドを下っ端として出しておいて、まさかあんたがただのクローンとかってオチじゃないだろうと思ってな」

『それが……理由か?』

「だから言ったろ、勘だってな」

シグは理解できない様子のウォンを見て、ニヤリと意地悪く笑ってみせた。


『だが、キミがさきほど私のクローンを容赦なく撃ち殺したときには愕然としたよ。もし本物だったら、どうするつもりだったんだね?』

「そんな細かいこと、そんときは考えてなかったよ。痛くてむかついたから、つい撃っちまっただけだ」

顔は案外平然としているが、痛いのを我慢しているのは明確である。


『確か……賞金を得るには、生きていることが条件ではなかったか?』

「そのときはそのときだ」

貰えないこともないが、その分賞金の額はかなり下がる。

そのときは、かなりしつこく交渉でもするつもりだった。


「……で、おたくがもし〈人を捨てしもの〉なら、それを逆に利用してやろうと思ってな」

『どういうことだ?』

「〈人を捨てしもの〉ってのは、脳みそを特殊なカプセルの中に押し込んで老化を遅らせ、ロボットとかを操ってそれを肉体の代わりにして生きてるんだろ?」

『……大まかにはそうだ。脳を低酸素状態で保管し、神経リンクでロボットを操る。不老不死を追い求めた人間が、苦し紛れに死を先延ばしにしただけの方法だ』

カプセルのそばに設置されたスピーカーから、ウォンの声が発せられる。


「……でだ。もしそうなら、あんたが外界の情報を判断するのに必要なのは、センサー類の情報だろ?」

『……確かに、〈人を捨てしもの〉は直接的な五感は失っている。その代わり、センサーの情報から直接キミたちの行動を把握していた』

シグの意見に同意するように、ウォンも言葉を続けた。


「だからそれを利用させてもらったのさ」

『まさか……センサーの情報を改ざんしたのか!? だが……確かにセンサーは正常だった!!』

「まあ、そうだろうな」

興奮するウォンに対し、シグは冷静に言葉を返した。


『では……さっきの瞬間移動はどう説明する? バーチャル映像を視覚センサーに流したのではないのか?』

「いや、あんたのセンサーなんかは狂っちゃいない」

『なら……』

「だが……もし、その正しい情報が伝わるのにタイムラグがあったとしたら?」

シグが発した言葉の意味に、ウォンは急速に自分が理解していくのを感じた。


『……そうか、通信速度を遅くされていたのか。キミが一瞬で移動したのではなく、私が見ていた映像が数秒前のものだったというわけだな。タイムラグを解除したため、キミが一瞬で移動したように見えたのだな?』

「そういうことだ」

シグは得意気に言うが、誰かさんの受け売りなのはあきらかだ。


『……私はこれからどうなる?』

ウォンが言葉を発したとき、室内にバーチャル映像が映しだされる。


『何もない。無の世界への幽閉だよ』

イルの姿が映し出されるとともに、ウォンの言葉への答えが返された。


『全神経を停止されられるのか……』

前世紀の技術を使用した犯罪者などは、全神経を停止され、そのまま1年幽閉されることになっている。

もっともただ眠りにつくというわけでなく、「意識をもったまま生きている実感を伴わずに生かされる」という、人間には到底耐えられない拷問である。

その刑を受けたものは、ほとんどが耐えきれずに自我を崩壊させ、生きることを拒んで死んでしまう。


「まあ、一年くらいがんばれよ」

『ぼくは、一分も持たないけどね』

これから刑を受けるものに対して、かなりひどい言葉を浴びせる二人。


『私を殺してくれないか?』

「却下。金がもらえない」

即答した。


『……そうだろうな。それにしても、いい相棒だな。時間差のトリックも見事だったが、まさか擬似物質まで操るとはな」

『え、ぼくのこと? ぼくのことだよね?』

「うるせえ、さっさと引き渡しの連絡しろ!」





第6章 エピローグ

BACK