Stray Disonare〜冷徹なる幻想曲〜
6
「よくここまで来たな」
座っていたのは、年老いた男だった。
手配書の写真から推測すると、こいつがウォンで間違いないだろう。
「楽ではなかったけどな」
そう言って、シグは肩をすくめた。
「正直、ここまで来るとは思ってなかったよ」
「それは残念だったな。まあ、あんたの人を見る目がなかったってことだ」
ウォンはぎしっとイスを鳴らした。
「おとなしく捕まってくれるとうれしいんだがな……」
「キミたちは、21世紀という時代を取り戻したいと思わないのかね?」
ウォンが唐突に訊いた。
「人類は、肉体を捨て情報生命体へと進化していくはずだった……本当なら、22世紀にはその長年の夢が叶うはずだった」
『でも、それは実現しなかった』
イヤホンから、言葉をつなぐようにイルが言葉を漏らす。
「ゴットブレスによって、我々人類は正当なる進化の路線から外れてしまった…… それを元に戻すという、英雄的行為を嫌がる愚民どもを私はまったく理解できん……」
「………」
シグは無言のまま、饒舌に語るウォンを見つめる。
「今の状態で満足していくなら、我々は勝手に滅んでいくだろう……なぜだかわかるかね? ……キミもそうだが、人々に向上心がないのだよ! 崩壊以降、人類が落ちぶれてくのに気づきながら、今の世界に満足してるように思い込ませ、高みを目指さない! その思想こそが、人類の癌だということになぜ気づかない!?」
「たった1度の失敗で、今まで先人たちが作り上げたものを捨てるという愚行! リスクばかりに目を向けて、利益を見ることができないでいる! この世界の人々の姿勢を正そうというのだ! どこが間違っているかね!?」
ウォンはそこまで一気にまくしたてると、一度そこで言葉をきってから続けた
「……21世紀こそが、理想の社会だった……今では、見る影もないがね……私はあの世界を取り戻したい、あの理想郷のような世界を!かつて人間は、あの世界に不自由せず、希望に溢れ生活していた……私はもう一度、あの世界に帰りたいんだ!!」
そのウォンの言葉を、シグは鼻で笑った。
「何がおかしい?」
「あんた……わかってねえよ」
シグが口を開いた。
「……何だと?」
「俺は21世紀の世界なんて知らねえし、帰りたいとも思わねえ。俺はな……今、自分が生きている世界があればそれで充分なんだよ。あんたは、現実を認められずに過去に固執し、理想(バーチャル)に逃げた……ただの臆病者だ」
シグはそう言って、ウォンに銃を突きつけた。
「……私を止めて、正義の使者でも気取るつもりか?」
「いや? 俺は正義のために賞金稼ぎをしているわけじゃない。これが、俺の生きかただ。それぞれが、自分の思想の元に生きればいい」
「ならば……なぜお前は私に敵対する?」
その言葉に、シグはためらいなく言葉を返した。
「俺が賞金稼ぎでお前が賞金首だから戦う……理由はそれだけだ」
「くくく……」
突然、ウォンが笑い出した。
「?」
シグは怪訝な顔をするが、銃口を向けたまま維持する。
「やはり……若造にはわからんようだな……」
ウォンが立ち上がる。
『シグ! そいつから離れて!!』
イルからの通信に、とっさにバックステップをして距離をとる。
持っていた重い荷物を適当に放り投げた。
『シグ……そいつは!』
「!?」
シグの目の前で、ウォンの体が一瞬ぶれて見えた。
「まさかこいつは……!」
『……バーチャル強制解除!』
イルがキーを叩くとともに、ウォンの姿が解けるように崩れていく。
「バーチャル映像だったか!」
その下から現れたのは、ウォンとは似ても似つかぬものだった。
「ちっ!」
シグが躊躇なく拳銃の引き金を引いた。
発砲。
しかし、それは軽い金属音を放つと同時に弾かれた。
硝煙の臭いが鼻をつく。
「――!」
次の瞬間、シグは横っ飛びに跳躍していた。
シグのいた空間を切り裂いて、大口径の銃弾が床をくだく。
盛大に埃が舞い上がり、銃声が轟く。
人間ではない――それだけはもうわかっていた。
金属とプラスチックの塊。
小惑星で遭遇した旧型の警備用アンドロイド。
それと同等――いや、それ以上のスペックだ。
戦闘に特化したマイナーチェンジ機。
旧式の戦闘用アンドロイドといったところだろうか。
特殊プラスチック装甲で覆われた体。
さらに、大口径のライフルを手にしている。
内蔵された武器もいくつかあったはずだ。
瞳の奥の頭部センサーが赤く光る。
シグは頭部センサーめがけて9ミリ弾を続けざまに撃った。
フルオートに近い速度で弾を撃ち出し、銃が悲鳴をあげる。
「……くっ!」
凄まじい反動が両手を襲う。
リコイルの衝撃で、手首が悲鳴をあげる。
火花が散る。
銃弾が次々とアンドロイドの頭部を襲う。
拳銃のスライドが後退して止まった。
弾切れだ。
アンドロイドが行動に移る前に、シグはコンテナの影に飛び込む。
銃弾が空を裂く。
大口径のライフル弾が、容赦なく撃ち出された。
敵の狙いは、ずれてはいない。
あの程度の衝撃では、やはり小規模のダメージしか与えられないようだ。
ハンドガンではセンサーの破壊ですら難しい。
『シグ! 奴の装甲に、通常の弾頭では効果は期待できないよ!』
シグはイルの通信を聞きながら、拳銃の弾倉を手際よく交換する。
「ハッキングで止められるか?」
あの機体を完全に破壊しようとするなら、高性能の成型炸薬が必要になるだろう。
しかし、そんな装備は今手元にないし、用意する暇もない。
『すぐには無理だよ! でもやれるだけ……!!』
それに……奴相手にC4爆薬を扱うのは危険すぎる。
さっきの部屋から持ってこれるだけ武器を持ってきたが、それでも破壊できるかどうか……
盾にしているコンテナが銃撃で軋む。
敵の火力は強大だ。
「そうだな……」
迷っている暇はない。
「……やるだけやってみるか」
シグは拳銃をホルスターにしまうと、肩から提げているものを手にして飛び出した。
コンテナの影から飛び出すと、シグは転がりながら肩からベルトで提げていたアサルトライフルの引き金を引いた。
さっきの部屋でクローン集団から拝借してきたものだ。
装備が現地調達できるなら、使わない手はない。
フルオートで吐き出された銃弾が次々とアンドロイドの装甲に叩きつけられる。
しかし、それもすべて表面装甲に阻まれる。
「くそっ!」
敵が発砲してくる前に、シグはカプセルの影に転がり込んだ。
体勢を起こすと、すばやく弾倉を交換する。
アンドロイドのセンサーは、シグの場所を捉え続けているらしい。
再び敵の銃撃が背後を襲った。
今も自分が無事なのは、ここが幸運にも強固な遮蔽物が多く配置された部屋だったからだ。
敵のアンドロイドは、この装置が多い部屋では自由に動けないようだ。
しかし、いくら動きで翻弄しようとしても、敵のセンサーはかなり高性能らしい。
やはり、敵のセンサーを破壊するのが最優先のようだ。
完全に破壊できなくても、その性能を落とせればまだ勝機はある。
「こいつでなんとかするしかないか……」
シグはコートのポケットから黒い筒を取り出すと、それをアサルトライフルに取りつけた。
敵の駆動音が聞こえる。
こちらに近づいているらしい。
それなら好都合だ。
カプセルにアンドロイドの影が差したところで、シグは飛び出した。
アンドロイドがライフルの銃口をシグに向ける。
「遅い」
敵が引き金を引くより早く、シグが後ろに飛びながら引き金を引いた。
狙いは頭部。
何かが射出される音が部屋に響く。
それとほぼ同時に激しい轟音。
「――ぐっ!」
自分も巻き込まれかねないほどの、至近距離で爆発。
体が吹き飛ばされる。
射出された弾丸は、アンドロイドのライフルに命中した。
アンドロイドのAIがとっさに判断し、頭部への直撃を避けようと右腕で防御したためだった。
吐き出された強力なグレネードが見事に爆発で敵のライフルをひしゃげさせる。
そして間を置かずにさらに爆発。
ライフル内の銃弾の火薬に引火し、爆発したのだ。
宙に跳んでいたシグは、その爆風でさらに吹き飛ばされる。
それに構わず、さらにライフルの残弾をすべて叩きこんでやる。
「――っ!」
地面に叩きつけられる体を、受け身を取って床を転がる。
それに安堵せず、コンテナの影に体を隠す。
様子を窺うと、アンドロイドは多少堪えたようだがセンサーは死んでいないらしい。
頭部への直撃を避けたためだろう。
すぐにこちらに頭を向けてきた。
しかし、AIに多少はダメージを与えられたはずだ。
弾切れになったアサルトライフルを投げつけると、それは銃撃を受けてひしゃげて床を転がった。
アンドロイドの腕に内蔵されたライフルが火を噴いたようだ。
「……」
さっきのライフルがなくなっても、敵の火力はまだまだ落ちていないらしい。
腰に吊るしていたサブマシンガンを手にしたとき、敵が走るのが見えた。
「――!?」
背筋に寒気を覚え、すかさず転がり出る。
さっきまでいた場所に、アンドロイドの手刀が叩きつけられた。
いとも簡単に、コンテナがひしゃげる。
「アンドロイドと格闘戦か……!」
流れ動作で身を起こすと、アンドロイドが肉薄してきた。
どうやら、火力まかせではなく機動力で勝負をかけてきたらしい。
『シグ! 離れて!!』
掴まれたら終わりだ。
アンドロイドと力比べして、勝てる見込みはない。
格闘を仕掛けても、アンドロイドの装甲には無意味だ。
「……無理だな」
とりあえず、シグは走った。
背後から銃撃を受けている。
動く標的には、アンドロイドでも当てにくいらしい。
……いや、被弾したせいで、照準がわずかながら狂っているのかもしれない。
「ちっ!」
走りながら、シグは背後に向かってサブマシンガンの銃弾をばら撒いた。
着弾した金属音がいつになく情けなく聞こえる。
敵の発砲音が止んだ。
どうやら格闘戦を仕掛けることにしたらしい。
その証拠に、たった今アンドロイドが目の前に着地した。
「――っ!?」
アンドロイドが肉薄する。
重たい手刀がうなった。
きわどい距離でその一撃をくぐりつつ、シグはなおも銃を腰だめに構え、至近距離から、サブマシンガンをフルオート射撃する。
速射の音が響き、アンドロイドの上半身が小刻みに震えた。
「……」
着弾により、金属とプラスチックの破片が飛んできて頬を浅く切った。
効いていない。
わずかに動きはにぶったが、それでもアンドロイドの動きは俊敏だった。
おそろしい防弾性能だ。
敵が右腕を一閃させた。
「……!」
すかさずサブマシンガンを盾にするが、ぐにゃりと曲がり、衝撃が体を襲う。
重たい一撃を食らって、体が吹き飛ばされる。
「…ぐ!」
近くのコンテナに体を叩きつけられる。
コンテナに背中を預けたまま、手元のサブマシンガンを見た。
「………」
フレームがひしゃげている。
これでは使い物にならない。
壊れたサブマシンガンを放って、拳銃を抜きつつシグは駆けた。
離れた位置からすかさず発砲。
銃弾が次々命中する。
プラスチックの破片、そして火花が飛び散った。
それに構わず、アンドロイドはシグへと迫った。
「……やってられるか」
装填していた弾を撃ちつくしたところで、シグはあきらめた。
いくら通常の弾丸を撃ち込んだところで、こいつはひるみもしない。
シグはこいつを止めることはあきらめた。
シグは本気で、こいつを破壊することに決めた。
弾倉を交換すると、シグは迫りつつあるアンドロイドへと突進した。
突き出してきた手刀を避け、跳躍してアンドロイドを飛び越える。
着地して走り出すと、放り出したままだった荷物までたどり着いた。
そこには、大きな金属の筒が転がっていた。
先ほどまでの戦闘で、特に壊れている箇所はないようだ。
それを手にすると、肩に担いでカプセルの影から飛び出した。
携帯用対空ミサイル。
スティンガーと呼ばれるそれは、その砲口をアンドロイドへと向けていた。
「プレゼントだ」
シグはためらいなく引き金を引き、すさまじい速度で弾頭が発射された。
爆音を轟かせ、アンドロイドにスティンガーミサイルが命中した。
煙の中から、焼け焦げた装甲が現れた。
もはやかろうじて立っているだけ、その機能はズタズタで、センサーはすでに死んでいるだろう。
しかし、まだ動こうとする。
それに構わず、スティンガーを放り出すとシグは飛び出した。
敵の足にしがみつくようにして、その右膝の裏に銃口を向けた。
アンドロイドでもロボットであっても装甲の施しようがない箇所。
間接の隙間に銃弾を撃ち込む。
間接を破壊され、たちまちバランスを崩して床に倒れた。
ヘタに暴れられる前に、すかさず他の間接にも銃弾を撃ち込んでいく。
ほとんどの間接を破壊されたアンドロイドは、わずかに動く関節をじたばたとさせ、頭部センサーでシグを捉えようと追い求めていた。
「ふう……」
シグはアンドロイドの胸面装甲を踏みつけ、銃口を頭部に向けた。
ひび割れた頭部センサーの奥。
行動を制御しているAIを破壊すれば、アンドロイドの機能は停止する。
ひしゃげた頭部の装甲の間に狙いを定め、引き金にかけた指に力を込める。
そのとき、偶然アンドロイドの頭部がシグの顔の方を向いた。
ひび割れた赤いスリット部分から、オイルが流れ出た。
これが人間なら、泣き顔に見えるのだろうか。
「………」
シグがそんなことを考え、引き金を引くのを躊躇していると、
『シグ! 危ない!!』
イルの通信でそれに気がついた。
アンドロイドの左腕が、自分に突き出されていることに。
おそらく、これがアンドロイドの最後の一撃だろう。
しかし、その攻撃は不幸にもシグにとって致命的な一撃となった。
左腕のギミックからナイフが飛び出る。
凶器と化した腕を、容赦なくシグに突き出してきた。
「くっ!?」
鈍い金属音が響き、ナイフがシグの胸の手前で止まる。
ついさっきまでそこにはなかった、小さな薄い壁のような物がナイフを押しとどめていた。
宙に浮かんでいるのではなく、その空間に存在しているというほうが正確だろうか。
無彩色の物質がシグを凶刃から救っていた。
「……たまには役に立つな」
シグはそれに動揺することなく、銃弾を正確に撃ち込んだ。
弾倉に残っていた最後の銃弾を吐き出し、銃のスライドが後退して止まる。
ひしゃげた頭部の装甲の隙間を縫うように、銃弾がアンドロイドの頭部へと侵入した。
センサーを貫き、その奥に設置されていたAIを砕いた。
ばしっ、と焦げくさい匂いがしてアンドロイドの頭部がわずかに震えた。
硝煙くさい部屋に、アンドロイドの頭部からわずかに煙が立ち上った。
「……ちっ」
軽く舌打ちをすると、後退したままのスライドを戻し、弾倉を交換した。
いつの間にか、あの薄い壁は空間から消えていた。
『お疲れ、さすがに危なかったんじゃない?』
「……あれぐらい、何でもなかった」
『ま、いいや……それじゃ、いよいよクライマックスだよ』
「………」
シグは銃をホルスターにねじ込むと、研究室のさらに奥に設置された扉へと向かった。
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