Stray Disonare〜冷徹なる幻想曲〜
5
1F 倉庫内通路
薄暗い通路を、シグは迷うことなく進んでいく。
すでに暗闇に目は慣れた。
ハッキングをし、施設の電源を落としたのだ。
通路内を照らす電灯はすべて消えている。
イルのサポートがあるため、道に迷うことはない。
イルはすでに、この施設の内部構造はすべて把握している。
潜入して数分。
そろそろ何かあってもいいころだ。
といっても……イルのハッキングで、ほとんどのセキリュティシステムを無力化してある。
各所に設置されている監視カメラはすでに飾りだ。
赤外線センサーと爆薬を組み合わせたトラップも、シグは気にも留めず走り抜けて行く。
高圧電流が流れているはずだった床も駆け抜ける。
イルのハッキング能力は、ウォンを完全に上回っているらしい。
しかし、ウォンの抵抗を完全に無力化できているわけではない。
イルがサポートできるのは、あくまでハッキング行為であって相手の歩兵までは無力化できない。
この数分で、ウォンは新たな対策を考えている可能性は高い。
(来たか……)
シグは手にした銃を改めて握り締め、気を研ぎ澄ませる。
T字路を直進して走り抜けようとしたとき、突然、そこから銃で武装した人間が複数現れた。
銃を腰だめに構え、引き金にかかった指がわずかに動いていた。
シグは足を止めるでもなく、銃を横に向け、引き金を引いた。
連続した発砲音が通路に響き渡る。
自力で、フルオートに匹敵する速度で弾を吐き出させる。
音がおさまったころには、シグはすでに通路の奥に走り去っていた。
数秒のうちに全弾を撃ち込まれた通路の奥には、硝煙の臭いとともに、濃密な血の臭いがこもっていた。
流れ出た血は床を広がり、通路を汚していった。
再び、そこから現れる者はいなかった。
通路の影に身を潜めると、空になった弾倉を捨て、ポケットから新たな弾倉を取り出す。
捨てられた弾倉が床で跳ね、軽い金属音を立てる。
「さて……」
弾倉の一番上の弾を取り出し、代わりにそこに別の弾を詰める。
弾倉を銃に叩きこむと、スライドを引き、薬室に初弾を送り込む。
それが終わると、再び弾倉を取り出しさっき取り出した弾をまた詰め込む。
そして、弾倉を再び銃に装填する。
(確か……ここに……)
ポケットに手を突っ込むと、そこから小さな栓のような物を取り出した。
それを両耳に詰め込む。
『聞こえる〜?』
「問題ない」
イルからの通信は、耳小骨を直接振動させているものなので問題なく聞こえる。
一度周りを見回してから、シグは再び走り出した。
1F エントランスホール
通路の先、そこには広い空間があった。
本来、そこはエレベーターや階段でフロアを移動する広間だが、今は違った。
そこには銃で武装した人間が十数人、やってくるであろう訪問者を待ち構えていた。
並んでいるのは、すべて同じ人物。
しかし、持っている銃はまちまちだった。
ポンプ式の、散弾を撃ち出すショットガン。
片手でも扱える、小型のサブマシンガン。
肩からアサルトライフルを吊るしている者、グレネードを撃ち出す武器を持つ者もいた。
ウォンが研究し、裏で取引していたクローン人間だ。
先ほど、T字路でシグを襲ったのもこのクローンだった。
その動きは統制され、無駄がない。
クローンのメリットはそのポテンシャルの高さと、多様性にあった。
クローンはその性質上寿命が短いが、生産性はわりと高く、個体別の性能も安定している。
クローンには人権はなく、維持費などはもちろんかかるが、死んでも代わりがいくらでもきくというのは裏の世界では都合がよかった。
脳に特殊なチップを埋め込み、特定の命令を行わせるロボットとして使われるのが一般的な裏での使い方だった。
ここにいるのも、すべてチップを埋め込む処理を終えたものだった。
与えられた命令は、おそらく侵入者の排除だろう。
廊下を走る足音に、クローンが反応する。
全員が、銃を構えた。
1F 倉庫内中央通路
シグは特に警戒もせず、エントランスホールへと走っていた。
速度を緩めることもなく、そのまま扉へと向かった。
1F エントランスホール
ドアが蹴破られると同時に、シグがホールに突入する。
その動きを知覚していたクローンは、全員が火線をシグに集中させる。
彼らが引き金を引く前に、シグの手が突き出された。
その手には銃が握られている。
しかし、今さら発砲したところで、全員の動きを止めることはできない。
クローンの誰もがそう判断し、構わず引き金に力を込めようとした。
シグが引き金を引いた。
直後、発砲音が響いた。
同時に、銃口から別の音が飛び出していた。
それを知覚できる者はいなかった。
その音は部屋を余すところなく響き渡り、クローン全員に襲い掛かった。
その音は鼓膜を震わせ、その奥の三半規管へとたどり着く。
その音に、クローン全員の平衡感覚が奪われる。
全員が行動不能に陥る中、唯一、シグだけがすばやく次の行動に移っていた。
的確かつ迅速に、クローンに銃弾を浴びせていく。
それは狂うことなく急所――頭や心臓――に命中し、クローンは次々と倒れていった。
銃のスライドが下がったまま止まり、弾が撃ち終わるころにはすべてのクローンが絶命していた。
たった数秒で、ホールはたった一人の侵入者に突破された。
「炸音弾」
それが、シグが使用した弾の名前だった。
発砲と同時に弾頭が炸裂し、強烈な超音波を響かせて周囲の人間の平衡感覚を狂わせる特殊な弾丸だ。
ただし、ロボットやアンドロイドなどの機械には効果を得ることはできない。
使う本人は超音波の通らない耳栓をして、その効果を防ぐことができる。
こういった部屋のような閉鎖空間では音が反響するため、絶大な効果を現す。
あらかじめ、イルのハッキングで敵兵の位置を確認していたシグはそこにたどり着く手前で、初弾に炸音弾を装填していた。
敵の配置がわかっていれば、容易に対策をとることができる。
相手が用意した難関も苦もなく突破する。
フォワードとオペレート。
まさに理想的な形を、二人は当然のようにこなしていた。
B1F 倉庫内地下空間
暗い通路を、再びシグは走っていた。
走るたびにちょっとばかり拝借した装備が音を立ててうるさいが、別に潜入任務というわけではないから構わない。
エレベーターはハッキングで使用不能にしたため、階段を使って地下に降りた。
薄暗い通路の先に、わずかな灯が見える。
構造図によれば、この先には開けた場所があるはずだ。
シグは少し警戒しながら、奥の部屋へと進んでいった
B1F 研究ルーム
そこは部屋のほとんどを機械で埋め尽くされていた。
通路を抜けた部屋、そこは何かの研究施設のようだった。
ここがクローンの研究施設なのだろう。
部屋には、ところ狭しと巨大なカプセルが並べられていた。
触ってみると、それはかすかに冷たかった。
中には、先ほどのクローンが安置させられていた。
『これは……冷凍保存処理したクローンだね』
イルがそういうなら間違いないだろう。
さっき触ってみて冷たかったのも、カプセル内冷気が何重にもコーティングしてある表面にもわずかに伝わっていたからだ。
カプセルと機械に囲まれた部屋をシグは歩く。
トラップなどは何もなく、武装したクローンもいないようだ。
シグはその広い空間を進み、研究室の奥へとたどり着いた。
そこには一つのデスクがあった。
パソコンが数台置かれ、ファイルが積み重なられ、デスクの上は研究資料で溢れていた。
そこに、誰かが座っていた。
シグが近づくと、イスがくるりと回転し、シグの方を向いた。
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