Stray Disonare〜冷徹なる幻想曲〜





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「はあ……やっと調子が戻ってきたな……」

シグがタバコを吹かしながら、ぼやく。


『目的地についてエンジンかかるなんて……ずいぶんポンコツなんだね』

イルがコンピューターで地図をチェックしながら、シグを見て呆れる。


「俺はスロースターターなんだよ」

シグはイルに向かって煙を吐き出す。


『ただの二日酔いのくせに……』

イルは煙を手で扇ぎながら、シグに反撃をする。


「……イル、気を抜くな。敵の本拠地だぞ」

シグはわざとらしく話題を変える。


『あいかわらず無理矢理だね……』

どうやら、思ったより効いたらしい。


「……で、どれがアジトだ?」

シグが見る限り、視界内には倉庫と呼べる建物が大量に立ち並んでいる。


『たぶん、倉庫のどれかだと思うんだけど……』

メモの内容には、どの倉庫までかは記されていなかった。

イルが持ってきたリュックの中を漁り始める。


「ひとつひとつ、しらみつぶしに行くか」

シグが立ち上がる。


『それじゃ日が暮れちゃうよ……』

イルは、シグのあまりの無謀さにため息をついた。


「その心配はなくなったみたいだぞ」

シグが倉庫街の奥に視線を向ける。


『え?』

イルが慌てて振り返る。


「お出迎えだ」

シグが視線を向けた先――倉庫街の奥から、銃で武装したロボットが現れた。


小惑星で遭遇した警備用アンドロイドとはケタが違う。

あれは警備用といっても、汎用アンドロイドにただライフルを持たせたものだった。

だが、このロボットは違う。


警備専用に開発された純粋な警備ロボット。


現在使用されている、警備用アンドロイドの一世代前の旧式だ。

しかし、その性能は高く今でも多くの施設に配置されている。

警備用アンドロイドよりも、格段に手強い相手だった。


頑丈な装甲に強力な火力、そして重装甲には似合わない高い起動性を持ち合わせている。

その装甲はグレネードの直撃ですら、数発なら耐え切るほどだ。

ふたりの現状の装備では、破壊することは難しい。


警備ロボットは通常では施設を巡回し、異分子を見つけると警戒モードに移行、抵抗の意志が見られると排除プログラムが機動する。


「隠れてろ」

シグは警備ロボットが、すでに排除プログラムを起動させていることに気がついた。

モノアイの点滅が、アラートの赤色を示している。


すぐにイルを奥に移動させる。


『ラジャー』

イルは物陰でパソコンを開き、強制的にLANを結んで警備ロボットへと回線を繋ぐ。

しかし、アクセスは失敗。


警備ロボットのAIには高度なセキリュティが布かれていた。


『ダメだ! すぐには止められないよ!』

すでにターゲットが指定され、プロテクトによりプログラムの解除は難しい。


「仕方ない……ここは俺にまかせろ」

シグはタバコをもみ消し、吸殻を携帯灰皿へとねじ込んだ。


「ウォーミングアップってところか……」

そう言うと、シグは物陰から飛び出した。


飛び出したシグをライフルの斉射が襲う。

間一髪、隣の倉庫の物陰に転がり込んだ。


弾が直撃した廃材は穴だらけになり、煙をたてている。

ロボットは徐々にシグのいる物陰へと近付いてくる。


「ロボットのAIを、強制終了させるしかないか……」

シグはさっさと対応策を決め、すぐさま懐から銃を抜いて構えた。

警備ロボットが、シグのいる倉庫の角に近づいた瞬間。


シグは飛び出した。










一歩でロボットの懐に飛び込む。


ロボットはすぐさま排除行動を起こそうとするが、長いライフルでは接近距離の敵に対しての射撃は不可能。

そのまま、ライフルをシグに叩き付けるように振り下ろした。


その一撃を、シグは警備ロボットの股下に滑り込むことで回避する。

ライフルはそのまま地面に叩き付けられる。


背後に滑り込んだシグは一挙動で立ち上がると、警備ロボットのコントロールパネルに手を伸ばした。


シグは、このタイプの警備ロボットの構造は熟知している。

強制終了させるなら、このパネルを操作するしかない。


しかし、パネルを覆うカバーにはロックがかかっていた。


手でこじ開けるのを諦め、すぐにまた近くの倉庫の影に飛び込む。

その一瞬あと、シグがいた場所を警備ロボットが振り回したライフルが通り過ぎた。


シグは物陰の奥へと進み、警備ロボットの背後へと回りこむ。

しかし、赤外線センサーでシグの熱量を感知した警備ロボットは倉庫の影へとライフルを構える。


そしてシグは銃を構え――発砲した。


警備ロボットは自身に発生した衝撃を理解するのに数秒を有した。

そう、ありえない方向からの弾丸が自分を襲ってきた。


弾丸が発射された方向を向いたときには、すでに遅かった。

そのときには、倉庫の影から飛びだしたシグのとび蹴りが頭部へときまっていた。


シグには跳弾を操ることなど、朝飯前だ。


倉庫の影から撃った弾丸は、見事コンテナで跳ね返り警備ロボットへと命中した。

頭部への強い衝撃に、AIは行動不能に陥る。


姿勢制御がおろそかになっているところへ、回し蹴りを叩き込まれた。

警備ロボットはそのまま転倒した。


シグはすばやく背後のパネルカバーのネジ穴をすべて撃ち抜き、強制的にカバーを外すと動力レバーをOFFにした。

警備ロボットは転倒したまま、機能を停止した。










「まったく、手こずらせやがって……」

シグは銃をしまうと、イルの待つ物陰へと向かった。


『!? シグ!』

イルが声を荒げたのはそのときだった。


たった今、機能を停止した警備ロボットが起動し、立ち上がろうとしていた。


「バカな、確かに強制終了させたぞ……」

警備ロボットは間違いなく再起動していた。


「イル! 回線でアクセスして止められないか!?」

『わ、わかった!』

すぐにイルはコンピューターを開き、キーボードの上に手を置き壮絶な速さでキータイピングをする。

モニターに打ち出される文字は、速すぎて残像しかわからないほどだ。


キーの音だけがしばらく続いたが、やがてモニターにコンプリートと表示され、AIへの回線が開かれる。


『強制接続終了』

警備ロボットのプログラムをチェックし、ひとつの結論を導き出した。


『何者かにハッキングされてるね……』

警備ロボットの強制終了プログラムが書き換えられていた。

何者かがあの短い間に手を加えたことは間違いない。


「ウォンの野郎、もう気付いてやがるのか……」

シグの目の前ではすでにロボットが立ち上がっていた。

AIも立ち上がり、あと数十秒もすれば攻撃をしかけてくるだろう。


「……何分で制圧できる?」

シグが再び銃を抜いた。


『三……いや、二分半で』

「了解……二分だ!」

シグがそう言ったのと、警備ロボットが再起動を完了したのは同時だった。










警備ロボット・プログラム領域



そこは電子の海と言っても過言ではなかった。

大海原に漂う感覚。

電子の情報が次々にやりとりされていく。


ウォンはすでにそこのすべてを掌握していた。

やろうと思えば、警備ロボットを自分の手足のように動かすこともできる。


しかし、その空間を乱すものが進入してきた。

先ほど、ここへの接続のプロテクトを突破してきた相手だ。


さまざまな手でアクセスしてきているが、ウォンにとっては幼稚極まりない方法だった。

プロテクトを解除した相手とあって、多少は期待していたがこれでは期待外れだ。

あの手この手でアクセスしてくるハッカーをウォンは適当にあしらっていた。


しかし、慎重かつ大胆に、ハッカーは進んでいた。










倉庫街・貨物置場



イルがハッキングを始めて数秒。

シグは物陰に隠れて弾丸の雨を避けていた。


「こいつは……やみそうにねえな……」

先ほどハッキングされたことで、外部からの操作で強制終了させるのはすでに不可能だろう。

今、自分にできることはイルの時間稼ぎくらいだ。


「まったく、ここまできてガキのお守りとはな……」

ぼやいたと同時に、傍らの木材がはじけた。


「これで三分も待てるわけねえだろが……」

焼け石に水と、シグは背後へと発砲した。

返ってきたのは、情けない金属音だった。










倉庫街・廃材置き場



『手ごわいな……』

イルが呟いている間にも、モニタ−には文字の羅列が流れ続けている。

決して手を止めることはない。


『でも……』

突然、イルはリュックの中にあった外付けのキーボードを取り出し、コンピューターにつないだ。


『勝負は、ここからだよ……!』

そして、左手と右手でふたつのキーボードを操り始める。

イルの指がこれまでの動きが嘘であるかのように猛然と動き出した。


『………』

残り一分。

イルの指はそれぞれ独立して動き、さらに加速を続けた。










警備ロボット・プログラム領域



翻弄されるコートの男を見ているのはなかなか楽しいものだった。


その間にも次々と送られてくるハッカー撃退用のプログラムを適当にあしらい、プログラムが分解されて散っていく。

ウォンはすでに、このハッカーに対して勝利を確信していた。


しかしそのとき、別の経路から警備ロボットのプログラムに向かってハッキングする存在に気がついた。


今までこっちの相手をしていたから気づかなかったが、何の問題もない。

こっちに比べると、それをさらに下回るプログラムの稚拙さだ。


別勢力の外部からの妨害か?

それともこいつの仲間がまだいたか?


どちらにしろ、すでに勝負は決まっている。

ひねりつぶすのに、数秒とかからないだろう。


ウォンはモニターのコートの男を見ながら、余裕の表情で侵入者のプログラムに手を伸ばした。


アクセスした瞬間、そのプログラムがはじけ、中から無数の撃退プログラムが飛び出した。

それはあらよる方法で警備ロボットの深部へ侵入しようとしていた。


ゴミのような性能は見かけだけだった。

その中にとんでもないものが潜んでいた。


たいした準備もなく触れてしまったプログラムは、ウォンの抵抗の間もなくプログラムに進入していく。


完全に油断していた。

ウォンは屈辱に身を震わせた。


ウォンはコートの男の鑑賞を中断せざるをえなくなった。

今は思いがけない伏兵をどうにかするのが先だ。


しかし、ウォンが屈辱を覚えるのは一度ではなかった。


ふたりのハッカーが、協力するようにプロテクトを突破してきたからだ。

まるでひとつの意思を共有しているかのように、たくみに電子の海を進んでいく。


そして――

最後の障壁が破られた。










倉庫街・貨物置場



背後の廃材は、もうそろそろもちそうになかった。

コンテナが破られれば、弾丸の雨を防ぐものはなくなる。


「あのガキ……そろそろ時間だぞ……」

転がりまわり、走りまわりで、すでにかったるくなっていた。


背後で大きな音がして、貨物コンテナが破られた。










倉庫街・廃材置き場



『これで、終わり……っと』

イルは最後のキーを叩いた。










倉庫街・貨物置場



コンテナが破られたと同時に、銃弾の雨もぴたりと止んだ。


「あのガキ……」

スタスタと出て行くと、そこには座り込むようにして機能を停止している警備ロボットの姿があった。


『お待たせ〜』

倉庫の影からひょっこりと、イルが出てくる。


「うるさい、遅かったぞ! 腕が鈍ってるんじゃないのか?」

シグが凄まじい恨みを込めて、アンドロイドを蹴りつける。


『ちぇ、ちゃんと二分でやったのに……』

常人には到底不可能な作業をしたにも関わらず、イルは疲れた様子もなくいじけている。


「俺の体内時計では、二分を越えていた」

『それって、屁理屈じゃない……?』

素直じゃないシグに、イルは苦笑する。


「ウォンの出鼻を挫いてやったな、まさかハッキング対決で敗北するとは思ってもいなかっただろ」

『アジトのコンピューターにも、少しだけアクセスできたよ。あそこの倉庫の中が、そうらしいね……』

イルは倉庫街の中のひとつを指差した。


「さっきの熱烈な歓迎からして、相手も準備は万端らしいな……こっちもいけるか?」

視線をイルへと向けた。


『OK。いつでもいけるよ』

倉庫街の一角に機材を広げ、シグの耳小骨に埋め込んだ無線機との通信をつなぐ。


「さあ、出かけるか……ここからが本番だ!」

シグが銃に換えの弾倉を叩き込み、視線を倉庫へと向けた。


『了解!』





第3章 第5章

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