Seeker of existence
待ち始めて数時間。
外は相変わらずの勢いで雨が降っている。
最初は3人とも真剣に待っていたのだが、男が姿を現す気配は全くと言っていいほどなかった。
ついに正午の鐘まで聞こえてきた。
それとなく、光也は二人の様子を伺ってみた。
圭は顔に若干の緊張をはらんでいるようだった。
推理物の小説を手にしていて、本の残りページからするといよいよ終盤といったところだろうか。
それに対して恭介は、昼のテレビ番組を見て何やら今日の特集とやらに感心しているようだった。
二人とも、すっかり待つのに飽きているようだった。
小説を読み終えたらしい圭がパタンと本を閉じ、時計を見た。
「もうこんな時間ですか……昨日の男、来ないですね……」
「そうやね……あきらめたんかな? もう昼時やし……とりあえずご飯にしよか」
恭介は、どこから出したのかコンビニ弁当とおにぎりを数個取り出した。
「光也くんは何がええ?」
恭介に聞かれて光也は少し悩み、おにぎりを貰うことにした。
恭介は圭にも同じ質問をしたようで、圭にはコンビニ弁当を渡していた。
全員に行き渡ったところで、3人は食べ始めた。
「もう居ないかもしれませんけど……昨日の男が泊まっているらしいホテルに行ってみますか?」
箸を止め、圭が提案をした。
「行ってみてどうするんだ?」
光也は尋ねるとそれに恭介が答えた。
「……んぐ……居たら直接聞けばええし、居なくても……ん……多分何か手がかりはあるやろ」
「直接聞くって……どうやってだ?」
マイペースに弁当を食べ続ける恭介に、さらに光也は質問を重ねる。
「親切に応対してくれればいいですけど……そうでなくても、まあ何とかなりますよ」
圭が笑顔で答えた。
「平気なのか……」
光也がそう呟くと、圭は笑って返した。
「このまま待つよりはマシだと思いますよ。それで光也さん、行きますか?」
「行けば……何か手がかりがあるかもしれないんだろう? それなら行くさ」
光也は決心したように言った。
「それじゃあ、食べ終わったら行ってみましょうか」
圭はそう言うと、弁当を再び食べはじめた。
あいかわらず、恭介は黙々と弁当を食べ続けていた。
結局……恭介が最初に食べ終わり(満足し)、続いて光也、最後に圭が食べ終わると三人は外に出た。
外に出るとまだ空は相変わらず暗いままだった。
「やっぱり……結構降ってますね」
空を見上げながら圭は言った。
しかたなく、三人は傘を差して出かけることにした。
圭の案内でホテルへと向かった。
「本当に何か手がかりがあればええね」
歩きながら、恭介は呟いた。
それに圭も頷く。
「……そうですね。もしかしたら……『戻れる』かもしれませんしね」
そんなことを話していると、ウーという音がどこからか響いてきた。
「恭介、この音って……」
光也が恭介に尋ねると、恭介は緊張した面持ちでゆっくりと頷いた。
「これは……まずそうやね」
そう恭介が言った直後に、それは突如として現れた。
光也たちの前方50mくらいのところに、まるで石を投げ入れた水のように波紋が広がったかと思うと、その中心部から黒い手のようなものが姿を現した。
そして、その手のようなものは次第に全身を現していった。
「こいつはなんだ……!?」
光也は圭と恭介に尋ねたが、恭介は動揺しているかのように見えた。
「こいつも……ゲートの現象の一つなのか……? こんなん聞いたことないぞ!?」
「えぇ……こんなことは、おそらく今まで起こったことはありませんね……」
圭も平静を装っているようだったが、顔は青ざめて見える。
そう話しているうちに、黒い手だったものは完全に姿を現していた。
光也は、その黒いものを落ち着いて観察してみた。
その姿は、まるで人の形をしているようだった。
大きさは普通の人とほぼ同じようだが、それは人とは言えるものではなかった。
それはまるで影のように……いや、むしろ影よりも黒い色をしている。
なぜか輪郭ははっきりとはしておらず、ぼやけて見える。
そしてその黒いものは、突如として光也に襲い掛かってきた。
「うわっ!?」
光也は、それをぎりぎりのところで避けることができた。
黒いものは勢いあまって地面に激突した。
「大丈夫でしたか!?」
急いで駆け寄った圭が心配そうに尋ねた。
光也は圭のほうを振り向くと、大丈夫だという意味をこめて軽く笑った。
「なんとか大丈夫だった……しかし、一体今のはなんだ?」
光也は黒いものが居たはずのところを見てみたが、すでにそこには何も居ない。
「どこに行った…?」
光也はまわりを見回すが、黒いものの姿は見当たらなかった。
「居ないみたいだな……よかった」
光也は安堵のため息をついたとき、いきなり恭介が光也を突き飛ばした。
「な、何するんだ!?」
光也は文句を言いながら恭介のほうを向いた。
そこには、さきほど襲ってきた黒いものと対峙している恭介の姿があった。
「そいつは……どうして!?」
光也が尋ねると、若干顔をしかめながら恭介が答えた。
「光也くん、こいつが上から跳びかかってきたんよ。多分……一瞬目を離した隙に跳ばれたんやな」
恭介がそう言い終わるのとほぼ同時に、黒いものは恭介に飛び掛った。
標的を恭介に変えたようだ。
恭介は突進を受け流すとともに飛び掛ってきた力を利用し、黒いものを投げ飛ばした。
黒いものは勢いよく壁に叩きつけられた。
その威力は凄まじく、叩きつけられたアスファルトにひびが入りそうだった。
しかし、黒いものはムクリと起き上がると再び恭介に突進をかける。
恭介はその場で黒いものを待ち構える。
突進の軸をずらし、そしてカウンターの一撃を放つ。
黒いものの顔らしき部分に恭介のパンチが入る。
黒いものは、再び地面に叩きつけられた。
だが、またもや平然と立ち上がって来た。
「効いてる様子は無いですね……」
傍観している圭が言った。
「それより! 恭介一人で大丈夫なのか!?」
光也は圭に尋ねた。
「えぇ、大丈夫だと思いますよ。恭介くんは、色々と武術の心得あるみたいですから」
「そ、そうなのか……」
光也は再び恭介のほうを見る。
恭介は黒いものに攻撃を当てているが、相手はまったくダメージが入っていないように平然と起き上がる。
恭介の顔に、若干のあせりが見え始めていた。
「なんで……あんなにやってもダメージ受けないんだ……」
光也は一人呟いた。
(――あの黒いものは、影であって本体ではない。だからダメージを受けない。本体を攻撃――)
どこからか、光也の呟きに答えるようにそんな声が聞こえてきた。
聞き覚えがあるように思えたが、どこで聞いたのかは思い出せない。
あたりを見回すが、人影は無い。
しかし、その声はさらに続けて言った。
(――本体は、おそらく最初にその影が出現したところに留まっているはずだ!)
恭介にもその声は聞こえたようだった。
まっすぐに黒いもの……影の最初に出てきたところへ駆けていく。
そして――何も無いところで思いっきり何かを蹴る仕草をした。
すると、そこから突然煙のようなものが立ち上り、しばらくして小さな爆発が起こった。
煙が出てきたのとほぼ同時に影は動かなくなり、そしてだんだん薄くなり始めた。
そして爆発がおさまったときには、影は何も無かったかのように完全に消えてしまっていた。
「マジでしんどかったわ……」
恭介は、少し息を切らしながら光也たちの方に来た。
そして息が整うのを待ち、少し不思議そうな顔をして、あたりを見回していた。
「そういや……さっきの助言って誰が言ったんや?」
「わからない……どこかで聞いたことがある気がするんだが、思い出せない……」
光也も周りを見回しながら、申し訳なさそうに答えた。
「まあ、それならしょうがないわ。悩んでいたってすぐに思い出しはせんやろうし……」
「そうですね。どこかで聞いたことがあるのなら、ふとしたきっかけで思い出すかもしれませんね」
「それに、こういうのは思い出そうと思っとるとかえって思い出せないものなんよ。圭の言ったみたいに、ふとしたきっかけなんかで思い出すもんよ」
恭介と圭の言葉に気持ちを切り替えると、さっきの影のことを聞いた。
「さっきの影って……?」
それに答えるかのように、恭介は自分が蹴った所を見た。
それにつられて見てみると、そこには見たことも無い機械のようなものが煙をふいていた。
その機械は壊れたのか動く気配は無かった。
「これが……原因?」
光也が尋ねると恭介はうなずいた。
「多分……そうやろな。あれがなんなのかも、何で襲ってきたのかもわからんけど、もしかしたら……昨日の男の関連かもな」
「もしそうなら、やっぱり男の所に行くとしかないな」
光也がそう言って歩き出すと、恭介と圭もそれに続いて歩き出した。
光也たちの姿が見えなくなった後、光也たちが居た所を見下ろせる屋根の上に、その姿はあった。
そこには男が立っていた。
その男は、まるで風景の一部のように存在感が希薄だった。
男は口を開いた。
感情が無いような無機質な声だったが、若干安堵の色があるように思える。
「世話の焼ける奴らだ…」
男は独り言のように言った。
そして、いまだに煙を上げている機械を手に持つと、誰も居ないことを確認するようにあたりを見回し、スーッと消えていった。
近隣の人間がそのことに気づくことは無かった。
|