Seeker of existence
「新聞部の部室へようこそ」
少年は光也に部室のイスを差し出した。
光也は警戒しながらもイスに座ると、彼は自己紹介を始めた。
「僕は、この部の部長で圭っていいます……とは言っても、部員はふたりしかいないんですけどね……」
(ホントに人がいないな……)
光也は周りを見るが、圭という少年以外にこの部屋には誰も居ないようだった。
「今、もうひとりの部員はちょっと出掛けてるんです。帰ってきたら、紹介しますよ」
敵意はない。
光也はそう判断した。
「それで……早速本題に入りたいんだが、何で俺はこんなことになってんだ?」
単刀直入に切り出した。
いつまでもだらだら話していても埒があかない。
「あぁ〜、そのことですか……それに心当たりがあるのは、今言ったもうひとりのほうなんですよ」
「じゃあ、お前は何も知らないのか?」
その質問に、圭は困ったように答えた。
「ええ、僕はただ『ここに光也っていう人が来るはずだ』としか、聞いてませんから……」
(俺が来ることを知っていた?)
「そうなのか?」
疑問を持ちながらも、光也は圭の言葉を信じることにした。
追求したとして、それで大して状況が変わるとは思えない。
どちらにしろ、もうひとりの部員とやらが来ればすべてわかることだ。
「ええ、すみませんが……ぼくはよくわかりません。彼はあと少ししたら帰ってくると思うから、待っててください」
圭は席を立つ。
「帰ってくるのをただ待ってるのも暇でしょう? とりあえず、お茶でも入れてきますね」
そう言って、圭は部屋の奥に歩いていった。
圭がいなくなったことで、知らないうちに張り詰めていた緊張が解けた。
不可思議な状況の連続で、精神的に相当まいっていた。
「何で、こんなことになったんだろうな……」
自然と、光也の口からため息が漏れた。
「溜息ばかりついてると、長生きできんよ?」
いきなり、背後から声が聞こえてきた。
慌てて光也が振り向くと、学生服を身にまとった長身の少年が立っていた。
髪の毛を茶色に染めているが、不良というよりもどこか気さくな雰囲気が感じ取れた。
「どうも〜、光也くん。初めまして〜」
茶髪の少年は、意外にもハキハキとした声で話しかけてきた。
(えと……こいつが、『心当たり』があるって部員?)
いきなりの登場に、困惑している光也を見て茶髪の少年は上機嫌な様子だった。
そこに、お茶を入れてきた圭がやってきた。
「おや? もう帰ってきたんですか、早かったですね」
圭は手にしていたお茶をテーブルに置きながら、茶髪の少年に話しかけた。
「おお、圭。今帰ったぞー」
少年は圭の方を向き、笑顔を見せて言った。
「意外と早かったですね」
「おう、お客さんをあんまり待たせちゃ悪いからな」
茶髪の少年と圭はしばらく話していたが、ふと気づいたように少年が光也に向き直った。
「そういえば、まだ俺の名前言ってなかったな」
少年は改めて光也に向き直り、笑顔を見せた。
「俺の名前は恭介。新聞部の唯一の部員や、以後よろしゅう」
(いい人そうだな……というか、無駄に明るい)
自己紹介を終えて、光也は早速本題に入ることにした。
「それで……恭介さんっていったっけ? あんたが、俺のこうなった原因を知ってるのか?」
「恭介や、こいつも圭って呼んでくれてええよ」
恭介は勝手に話を進めていたが、圭もそれでいいのかコクリと頷いた。
「もしかしたら、これから長い付き合いになるかもしれません……ですから、遠慮してもらわなくても結構ですよ」
圭の優しい笑顔に、自分の緊張がほぐれていくのがわかった。
「じゃあ……恭介が、俺のこうなった原因を知ってるのか?」
それを聞いて恭介は満足そうな顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻り返答した。
「まあ、そうなるんやけど……『知ってる』と言うか『心当たり』がある。と言ったほうが正しいかな」
「心当たり……?」
光也が聞き返すと、恭介はさらに続けて言った。
「そう、あくまで心当たりなんよ。何でそうなったのかは断言できんけど……」
恭介はそこで言葉を切り、ふと考える仕草をする。
「光也くん、キミは自分の置かれているのがどういう状態なのか、理解しているのか?」
恭介から、先ほどまで感じられていた気さくな雰囲気が消えた。
真面目な口調に、光也は恭介の真剣さを感じた。
「えっと、周り……母さんや友達が、俺のことをわからないってことは理解してる。俺のことを、みんな忘れてしまったってことなんじゃないのか?」
光也は少し考え、答えを返すと恭介は「やっぱりそうか」と言葉を漏らした。
「前者は正解やけど、後者は少し違うんよ」
恭介はそこで一度言葉を止め、そして続けた。
「周りがキミの事を『わからない』って言うのは正解やけど、けっして『忘れてしまった』わけではないんよ」
光也は、その言葉の意味を理解できなかった。
『わからない』ということと『忘れてしまった』ということに、どういう違いがあるのだろうか?
「どういうことだ?」
たまらずに光也が尋ねると、恭介は話を続けた。
「これを聞いても、信じられんかもしれんけど……」
恭介は言うのを少しためらった後、
「光也くん、キミは……ここには存在しない者なんだよ」
その言葉を聞き、光也の顔から表情が消えた。
思い出されるのは、夢に出てきたあの仮面の男。
『どうせ、あなたは消える運命なんですから……』
『殺すのではありません』
『この世界から、消滅するということです』
あれは……夢じゃなかった?
「存在しない?」
しぼりだした光也の声は震えていた。
「そうや。キミがいた世界と、この世界は違うんよ」
「……………」
恭介の言葉が真実であれば、あの男は自分に何をしたのだろうか?
「説明すんのは難しいやけど……簡単に言うと、この世界はキミがいた世界とは別物なんよ」
恭介は説明を始めるが、光也がしぶい顔をしているのを見てため息をついた。
「空間が違うとでも言えばいいのでしょうか……? 平行世界、異世界、異次元、パラレルワールド……まあ、呼びかたはいろいろあるでしょうけどね」
言葉につまっている恭介の代わりに、圭が言葉を続けた。
「この世界は、キミが存在していた世界とは違うんよ。だから他の人はキミを認識することはできても、キミの世界と同じ反応は返してこないんよ。姿は同じでも、キミが知っている人間ではなくあくまでも他人やからな」
言っていることはギリギリわかる。
しかし理論的には信じられても、感情的には信じたくない。
なぜ、自分がこの現象の当事者となってしまったのか?
「もっとも、何でこの世界にキミが来てしまったのかは、わからないんよ」
恭介はそこで言葉を止め、冷めたお茶を飲み干した。
「光也さんは原因について、何か心当たりはあるんでしょうか?」
「……………」
圭がさりげなく尋ねた言葉に、光也は黙り込んだ。
「普通は信じられないでしょうね……」
「でも、かなり無理やろうけど信じてほしいんよ」
光也は難しい顔をしたあと、口を開いた。
「やっぱり、全部は信じられない……」
恭介はその反応を見て、少し考え込むような仕草をした。
「信じられんか……まあ、無理もないけどな」
「でも……もしかしたら、キミのいた世界とこの世界に違いがあるかもしれませんね」
悩む恭介の代わりに、圭が言葉を続けた。
「……違い?」
「そうです、例えば……キミの世界でキミのお母さんと同じ人間はこの世界に存在したようでしたが、この世界にこの世界のキミは存在していないでしょう?」
もっともな意見だ。
この世界で、光也という人間を知っている人間はいなかった。
「それと同じで、この世界と俺の世界に決定的な差があるかもしれないってことか?」
ここまで来るまでに、そういう違いには気づかなかった。
しかし、この世界が別物だという意識ができた今なら、何かわかるかもしれない。
「それはあるかもしれんよ……何せ、その差が目の前にいるわけやし」
恭介は光也を見て、人懐っこい笑みを浮かべた。
「しかし、僕たちにはその違いがわかりません。元々この世界で生活しているわけですし……何しろ、キミのいた世界を知らないわけですから」
圭の意見ももっともだ。
違いを判断できるのは、当事者である光也しかいない。
「ついでに言うと、違いを探すとしてもどうやって探せばいいんよ……」
違うのは、この世界そのものだ。
世界規模の違いなど、そう簡単に見つけられるものではない。
恭介が何か解決策はないかと考えていると、少し黙り込んでいた圭が不意に「あっ」と声をあげ、突然部室から出て行った。
ふたりは呆然としていたが、気を取り直すと光也は少し疑問に思っていたことを恭介に尋ねた。
「そういえば……どうしてふたりは、俺のことを知っていたんだ? キミが言うことが本当なら、俺はこの世界には存在していないんだから名前すら知らないんじゃないのか?」
それを聞いた恭介は、少し考えるようなそぶりをしてゆっくりと話しだした。
「夢を見たんよ」
「……夢?」
夢という言葉を聞いて、光也は露骨に反応を示した。
「その夢で、知らない男が出てきてな『光也という少年が近いうちに尋ねてくる。できるかぎり協力してくれ』って、言ってきたんよ」
夢の男という話を聞いてあの仮面の男を思い出したが、どうやら別の人物のようだ。
「しかも、この二週間近く毎晩のように続いてな。ついでに言うと……キミが別世界から来るっていうのも、その夢の中の男が言ったんよ」
光也は校門の前であった男のことを思い出した。
『この先に、お前の疑問に答えてくれる者がいる……出来るだけ急ぐんだな』
「どんな男だったんだ?」
もしかしたら、このふたりのこともあの男が関係しているのかもしれない。
「それが……よく憶えてないんよ。思い出そうとしても、思い出せんというか……」
それを聞いて、光也も校門の前で会った男も姿を思い出そうとした。
しかし、光也もはっきりとはその男の容姿を思い出すことは出来なかった。
輪郭がぼやけたようにしか思い出せなかった。
それからしばらくして、圭が帰ってきた。
その姿を見て、ふたりはあっけにとられていた。
圭の両腕には大量の本が抱えられていた。
「ど、どうしたんよ? こんなにいっぱい本なんか持ってきて……」
圭は本の山を床に下ろすと、恭介の問いかけに答えた。
「違いを探すのなら、すでに形になっているものを調べたほうがいいでしょう? 本なら、法律から言語や食べものまで何でも形として収められています。これを読めば、何か違いを発見することができるかもしれません」
本の山から一冊を取り出し、光也に差し出した。
「確かにそうやな……それなら、調べてみるか!」
恭介がやる気を出して本に手を出すが、
「光也さんが確認しなきゃ、わからないでしょうに……」
「……ということで、一応見てみ」
恭介はそう言って、光也に何冊か本を渡した。
光也は苦笑しながらも本をパラパラとめくり、真剣に内容を確認するが特におかしいところや違いなどはなかった。
その後も次々と本を読んでいくが、違いを見つけることが出来なかった。
光也は少し休憩を取り、お茶を飲むとため息をついた。
「はあ……違うとこなんて、あるのかな……」
その疑問を、恭介は少し困った顔をしながら明るく返した。
「はっきり言って、それはわからない。この作業だって、思いつき程度やし……もしかしたら無いのかもしれないけど、断言はできんやろ?」
「どんな小さなことでも、それを探そうと努力することは大事なことじゃないでしょうか?」
それを聞いて再び光也は本を見て違いを見つけようとしていたが、持ってきた本の山はどんどん小さくなっていった。
ついに光也は最後の1冊を読み終えたが、結局違いを見つけることが出来なかった。
「無いな……」
光也はため息をついた。
すべての資料を見たわけではないが、これだけ調べて違いがひとつもないというのは光也にとってはかなりショックなことだった。
明らかな落胆を表している光也を見て、恭介も暗い表情をしていた。
その時、圭が一つの提案をした。
「それなら外に行ってみませんか?」
「……外?」
「ええ、実際に外に出てこの世界を確認してみるんです。本を持ってきた僕が言うのもなんですが、百聞は一見にしかずとも言いますし……」
「そうやな……身近なところに何かあるかもしれんよ?」
光也はしばらく考えていたが、
「そうだな……もしかしたら、何か見つけられるかもしれないな」
光也の一言を聞いて圭と恭介は顔を見合わせた。
「光也さん……今日はもう遅いですし、明日探しに行きましょう」
恭介もそれに賛同するように頷いた。
光也が時計を見ると、すでに夜の十時をまわっていた。
「もうこんな時間だったのか……」
「まあ、今から外に出てもあんまり情報は得られんと思うんよ」
光也も暗い外を見て、納得したように頷いた。
「すまないな……付き合わせてしまって」
それに対して圭が笑顔で答えた。
「いえいえ、構いませんよ。それじゃあ……今日はここまでということで、お開きですね」
圭の言葉を聞いて、恭介は鞄を取り出した。
圭も鞄を取ってくると言い、部室を出ていったが何かを思い出したように部屋に戻ってきた。
「すみません、大事なことを言うのを忘れていました……光也さんは、家に帰れないんでしたよね?」
それを聞いて、光也は暗い顔をしながらも頷いた。
「それなら、この部屋に泊まっていってください」
「泊まるって、この新聞部の部室に?」
光也は困惑していたが、ふたりはどんどん話を進めていた。
「そうやな、そうしたほうがいいかもな。ここはあまり人が近づかん場所やし、夜の見回りもバッチリかわせるんよ」
「食べ物も奥の冷蔵庫の入ってますから、遠慮せずに食べてください」
「柔道場からパクった畳とかソファがあるから、そこで寝るとええよ」
一通り部室の説明をすると、ふたりは荷物をまとめ、
「また明日、授業終わったら来るからな〜」
「それでは、おやすみなさい」
そう言って、圭と恭介は部屋の扉を閉めて出て行った。
光也はしばらく閉められた扉を見ながら固まっていたが、あきらめて扉の鍵を閉めた。
とりあえず、今日の宿は確保できたようだ。
畳に寝っ転がるとしばらくは色々考えていたが、明日のこともあり早く寝ることにした。
光也は、誰も居ない部屋で一人呟いた。
「明日は、何かいいことがあるといいな……」
「頑張らないとな……」
闇の中、このまま自分はどうなってしまうのかという不安を振り払うように、光也は目を閉じた。
|