Stray Disonare〜かりそめの舞踏曲〜
1
どこともしれぬ闇の中。
その闇の中、男の声が響いた。
「兄貴」
「ああ、間違いねえみてえだ」
それに答え、もうひとりの男の声が発せられた。
「ガゼネタの可能性が高かったが……苦労して来てよかったぜ」
「へへへ……」
男は棚に陳列されていた試験管を取り、にやりとほくそ笑んだ。
「しかし……こんな代物があったなんてな……」
「ああ、これさえれば……」
男達は、それがもたらす恩恵に想いをはせた。
それがもたらす災いを知らずに――
そう――
すべての悲劇は
そこから始まった――
Stray Disonare 〜かりそめの舞踏曲〜
シグルート・マルコニーは戦場にいた。
横っ飛びに物影に飛び込みながら、手にした拳銃のトリガーを引きまくる。
そのままコンクリートの床につっこみながらも、体制を立て直す。
確認した限りでは着弾点は「頭」「左胸」「右太腿」の3つ。
あとは掠ったりしていたようだが、正確にはわからない。
しかし、相手はまったく怯んだ様子もない。
かなり疲れた。
肉体的にもそうだが、こっちがこれだけ転がりまわって相手があれだけピンピンしているときた。
精神的な疲れもそうとう溜まっている。
あと何回繰り返せばあいつは死ぬのだろうか――
相手は死ぬほど強かった。
正直、こっちは何度も死にかけているわけだから文字通りの強さだ。
それでも、苦戦しながらも致命傷になる箇所に数度――いや、何度も弾丸をぶち込んでやった。
で、現在も状況は未だ変わらないわけだ。
相手は全身黒尽くめの男だった。
まあ、黒尽くめなんで性別は正確にはわからない。
だがこの場合、男かどうかはさして重要じゃない。
問題はこいつが性質の悪いことに“不死身”だってことだ。
馬鹿でかいマグナムを無造作に片手で振り回し、的確に俺の居場所を狙ってくる。
野郎の弾はかろうじてまだ喰らってはいないが……かわすのでこっちはもうボロボロだ。
お礼にしこたま弾をプレゼントしてやったが、不公平なことにまったく倒れないときた。
まあ、これがロボットだってんなら少しはわかるが……それにしたって丈夫すぎだ。
死なない云々はともかく、血も流れねえのは頑丈さにもほどがあると思う。
マグナムのおかげで遮蔽物も役に立たねえ。
情け容赦なく、俺を殺そうと凶弾を撃ちこんでくる。
まったく血も涙もないやつだ。
実際、血が一滴も流れないんで本当にそうかもしれないが。
正直、このままじゃジリ貧だ。
今の状況もジリ貧なんだが……そろそろ打開策を決行しないとまずい。
一か八かなんであんまりやりたくないような気がしないでもないが、まあ任務を成功させるためには何でもやるのが、昔っからの俺のやり方だ。
空になった弾倉を換え終えると、ボロボロになったコートのポケットに手をつっこみ、目当ての物を取り出す。
それは爆発で破片を飛ばす通常の手榴弾ではなく、純粋に爆発で相手を吹き飛ばすタイプの特注品だ。
人間ひとり程度、軽く吹き飛ばせる程度の威力は充分持っている。
それを手の中で玩びつつ、もうひとつグレネードを取り出した。
最初に取り出したほうを口に咥え、銃を右手に、左手に2つ目のグレネードを握る。
値段が高いんであんまり使いたくないような気がしないでもないが、まあこのままじゃ死ぬんで俺も死にたくないからやるか。
身を隠しながら、左に持ったグレネードのピンを抜く。
数秒数え、勘でグレネードを遮蔽物の向こうへ投げ込む。
相手は投げ込まれたグレネードを視認し、警戒したようだが、それを見計らったかのように、床に落ちる直前でグレネードが爆発。
それと同時に、周囲が煙幕で満たされていく。
スモーク・グレネード。
殺傷能力はなく、その爆発で引き起こされる煙幕で相手の視界を奪う目的で使用される投擲武器である。
その爆発とほぼ同時にシグは飛び出した。
飛び出すと同時にわずかに横に跳ぶ。
予想通り、すぐ横を銃弾が通り抜けていった。
奇襲は読まれている。
なら、予想を上回る行動を取ってやるだけだ。
相手の迎撃をやり過ごし、そして跳躍。
前方の遮蔽物を蹴ってさらに跳ぶ。
天井近くまで跳躍する。
そこで初めて煙の中から飛び出した。
思惑通り、相手はちょうど自分の真下にいる。
左手でグレネードのピンを抜き、口から放す。
グレネードが自由落下を始める。
落下をしながら、真上から銃弾を叩きこむ。
無論、これで相手が死ぬとは思ってない。
そのまま相手の背後に着地し、すかさず相手のひざ裏を踏みつけ、体制をくずさせ、左腕で首をからめ取った。
そこに、さっきピンをはずしたグレネードが自由落下してくる。
「最期の勝負。これで吹き飛んでなかったほうの勝ちだ」
そのまま、シグは目の前に落ちてきたグレネードを撃ちぬいた。
閃光と爆音が溢れ、爆風がふたりを吹き飛ばした。
やがて部屋に立ちこめる煙が晴れ、爆発に蹂躙された部屋があらわになった。
無数の銃痕が穿たれていた壁も吹き飛び、遮蔽物も崩れ落ちている。
床にも、爆発の傷跡が新たに刻まれていた。
そして――
そこには、まったく無傷なままの黒尽くめの男だけが立っていた。
シグルート・マルコニーの姿はどこにもなかった。
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